前回、オーラソーマの特色として、「自分で選ぶ」「判断を全て取っ払って直感で選ぶ」ということについてお話させて頂きました。

今回は、「自分で選ぶ」ということについて、より俯瞰的な視点からお話させて頂きたいと思います。

 

私の例になるのですが、

私は、親の喜ぶように自分の方向性を合わせて来たので、自分の習い事、進学、就職の進路選択を「自分で選べませんでした」。

親に反発してぶつかったりしたのですが、最終的に申し訳がない気がして親の意向に合わせて来ました。それは、思春期には私も自己主張をするようになり、父とぶつかる事が多くなり、大変でした。

しかし、父の涙ながらの「自分に障害があるからと言って、子どもに負い目を感じさせないように頑張って来た。」という言葉を聞いてから、自分の思いを最後まで押し通せなくなりました。

父は私が3歳の時、事故で中途障害を負いましたが、そのハンディキャップも乗り越え、単身赴任も10年近くしていたし、人並みの出世もしたと思います。

そういう父を見て来たから、親の言うような「ちゃんとした子」「ちゃんとした生活」をしてきた訳です。

だからこそ、オーラソーマの「自分で選ぶセラピー」という部分に殊の外惹かれていていました。

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でも、「今まで選べなかった」は、本当は大きな勘違いで、

「実は、私は、全て自分で選んでいたのです。」(笑)

「親の意向に合わせる」と言う選択をしていた訳です。(笑)

そして、父が家族への愛のために、頑張って働いてくれたことはもちろんなのですが、

父自身が世間から「ちゃんと」見えるように、オーダーメードのスーツを着て身なりをきちんとしたり、

子どもが「ちゃんと」することや、家が「ちゃんと」していることも含めて、

父が障害というコンプレックスのため、世間から低く見られたくないという自分を防衛するものでもあったことに、父が定年退職してから、私が、心理学を学んでから気づきました。

ただ、父の時代は「カウンセリング」「セラピー」など障害受容のためのサポートはないので、その痛みを抱えていたままだったと言うことです。

つまり、家族への愛もあるし、自分のためでもあるし、両方の意味合いがあると言うことなのです。

だから、「父のため」のように、誰かのために、自分を犠牲にする必要はなかったということです。

そして、もっと俯瞰すれば、

今まで話した体験は全て、魂レベルで学びたいことを学ぶ為に選んできた訳で、「自分の魂が選んだこと」を体験して来た訳です。

それは、父も私も、他の家族も同様に・・・。そしてこれをお読み下さっているあなたも・・・。

 

よく、「魂レベルの学び」についての話はスピリチュアル本、自己啓発本、ワークショップ、セミナーなどで学んで来ているかもしれません。

この「魂レベルの学び」を「知っている」から、「ハラの落とし込んでくる」プロセスがオーラソーマのコンサルテーションとボトルを使うことなのです。

何故なら、「魂レベルの学び」があなたの選んだボトルに現れているからです。それは、頭で分る→感情的に分る→ハラで分ると、「分る」のプロセスを深めていくことに繋がって行きます。

「自分で選ぶ」ということも、どの層から見るかで見え方が違って来ますよね??